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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)89号 判決 1977年3月23日

原告 株式会社黒龍堂

被告 特許庁長官

訴訟代理人 小沢義彦 田井幸男 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が、原告の

(一) 昭和四九年六月二五日付商標権存続期間更新登録願(同年商標登録願第八五〇九二号)について、昭和五〇年七月二五日にした訂正書不受理処分

(二) 昭和四九年一一月一四日付商標権存続期間更新登録願(同年商標登録願第一五〇三五七号)について、昭和五〇年一月二九日にした願書不受理処分

(三) 右願書不受理処分に対する異議申立について、昭和五一年三月二三日にした異議申立棄却決定 をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1(一)  原告は、商標登録第四五五一一六号及び第六六一二六五号の各商標権を有していたところ、昭和四九年六月二五日被告に対し、商標権存続期間更新登録出願(同年商標登録願第八五〇九二号、以下「本件原出願」という。)をしたが、右出願の願書には、更新登録を求める対象として、後者を記載すべきであつたのに誤つて前者を記載した。もつとも、本件原出願自体は前記両商標権につき法定の更新登録出願期間を遵守した適法なものであつた。

(二)  原告は、後日右の過誤を発見したため、昭和四九年一一月一四日被告に対し、本件原出願にかかる商標権の登録番号第四五五一一六号から第六六一二六五号に訂正する旨の書面(以下「本件訂正書」という。)を提出するとともに、すでに更新登録出願期間経過後ではあつたが、改めて商標登録第六六一二六五号の商標権について商標権存続期間更新登録出願(同年商標登録願第一五〇三五七号、(以下(本件第二次出願」という。)をしたところ、被告は、本件訂正書については昭和五〇年七月二五日、本件第二次出願の願書については同年一月二九日それぞれ不受理処分(以下「本件各不受理処分」といい、各別に「本件訂正書不受理処分」、「本件願書不受理処分」という。)をした。

(三)  そこで、原告は、被告に対し、本件訂正書不受理処分については昭和五〇年一〇月九日、本件願書不受理処分については同年四月九日それぞれ行政不服審査法に基づく異議申立をしたが、被告は、昭和五一年三月二三日両事件を併合したうえ、異議申立をいずれも棄却する旨の決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

2  しかしながら、本件各不受理処分及び本件異議決定は、以下の理由によりいずれも違法であつて、取消しを免れないものである。

(一) 本件各不受理処分について

(1) いわゆる不受理処分は、出願人に対する権利保護を拒否する不利益処分であるから、明白な法律上の根拠に基づくものでなければならない。不受理処分は、元来旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第一〇条の二(昭和三二年通商産業省令第二号をもつて追加されたもの)及び旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第六条の二(昭和三二年通商産業省令第二号をもつて追加されたもの)に根拠を有していたが、昭和三五年四月一日右の各施行規則が廃止され、しかも同時に施行された現行特許法施行規則(昭和三五年通商産業省令第一〇号)及び商標法施行規則(昭和三五年通商産業省令第一三号)にはこのような規定が全く設けられなかつたことから、右の時点以降その法的根拠を失うに至つたものである。したがつて、右の時点より後になされた本件各不受理処分は、法的根拠に基づかないものとして違法である。

(2) 仮に、現行法下において不受理処分が許容される余地があるとしても、前述のとおり不受理処分自体がすでに明文の根拠規定を失つている以上、その許容範囲は極めて限定的に解されなければならない。その反面として、手続の方式違反については、商標法第六八条の二及び同法七七条第二項において準用される特許法第一七条第二項に基づく補正により広く救済されるべきであり、出願人の軽微な過失による誤記であつて、その訂止が社会的にも格別の不都合をもたらさないものなどは、当然右補正の対象となるものと解すべきである。

ところで、本件原出願における誤記の原因は、原告の担当者が、更新期間にあつた原告の商標権のうち現に使用中の商標にかかるもののみをより分けたうえ、その更新登録出願手続を代理人に委任するという事務を行つた際、委任状に誤つて不使用の商標にかかる商標権の登録番号を記載したため、これがそのまま願書に記載されたことによるものであり、この程度のことは日常ままありうる軽微な過失というべきである。

また、商標権は、特許権等と異なり、これを権利者に独占されたとしても、他の営業者に不当な影響を及ぼすことはなく、かえつて、商品取引の安全に役立つものであり、本来永久権としての性質を有するものであつて、ただ商標法は、不必要もしくは反公益的となつた商標権を排除する趣旨で、一応その存続期間を一〇年と定めたうえ、更新登録出願という手続を採用しているに過ぎない。したがつて、更新登録出願は新たな権利を創設するための他の出願等と同列に考えるべきではなく、その方式違反について補正が許容されるべき範囲も、より広いものと解すべきである。更新登録出願期間経過後に出願がなされた場合であつても、更新登録が経由されてしまえば、もはやこれを理由に右登録の無効審判請求をなしえないことは、右の解釈を裏付けるものである。

加えて、本件訂正書による訂正は、更新登録出願にかかる商標権の登録番号を同じく原告の所有に属する別の商標権の登録番号に訂正するという内容であるに過ぎず、出願の種別を変更したり、出願の対象を第三者所有の商標権に変更したりするものではないから、これを許容したところで、第三者に迷惑を及ぼし、あるいは社会的に何らかの不都合をもたらすようなおそれは全くない。

ちなみに、被告は、別件の防護標章登録出願事件においては、願書に他人の商標権の登録番号が記載されていた場合について、補正指令書を発して救済し、また別件の更新登録出願事件においては、出願にかかる商標権の登録番号に枝番号脱落の誤記があつた場合について訂正を許容しているのである。

このようにみてくると、被告が本件訂正書による訂正を要旨変更と認定し、商標法第六八条の二に規定する補正の問題になりえないとして本件訂正書を不受理処分にしたことは、右法条の解釈を誤るものであり、ひいては同法第一条にいう商標保護の法意に反し、不当に原告の既得権を剥奪するものとして違法である。

なお、被告は、本件訂正書を受理すれば、適法に更新された商標権が更新されずに失効した別の商標権とすり替えられるという不当な結果になる旨主張するが、原告は本件原出願にかかる商標登録第四五五一一六号の商標権について未だ更新登録をすべき旨の査定謄本の送達を受けておらず、したがつて、右商標権は未だ更新登録されていないから、本件訂正書を受理したとしても、適法に更新された商標権を失効した別の商標権とすり替えることにはならないのであつて、被告の右主張は失当である。

(3) また、被告は昭和五〇年二月二一日商標登録第六六一二六五号の商標権を存続期間満了の理由により商標登録原簿から抹消したところ、右抹消は、本件訂正書不受理処分の約四ケ月前で、かつ本件異議決定の約一年前、しかも本件願書不受理処分についての行政不服審査法に基づく異議申立期間中(昭和五〇年二月一五日から同年四月一五日まで)になされたものであるから、右登録にかかる商標権について原告が現に存続期間更新登録出願中であつたにもかかわらず、その成否が最終的に確定する以前になされたものとして商標法第二〇条第四項、商標登録令第七条第一号に反することはもとより、行政不服審査法に基づく異議申立制度を無視し、これによつて救済されるべき原告の権利、利益を根底から喪失させたものとして同法第一条にも違反するものであつて、違法である。そして、本件訂正書不受理処分に先行して右のとおり違法な商標登録原簿の抹消が行われたことは、本件訂正書不受理処分が不当な予断に基づくものであることを窺わせるに十分であるから、本件訂正書不受理処分は違法である。

(二) 本件異議決定について

被告が商標登録第六六一二六五号の商標権を商標登録原簿から抹消したこと、右抹消が違法であることは、前記(一)(3)のとおりである。そして、本件異議決定に先行して右のとおり違法な商標登録原簿の抹消が行われたことは、本件異議決定が不当な予断に基づき、しかも十分に審理を尽されることなくなされたことを推認させるものであるから、本件異議決定は違法である。

3  よつて、原告は本件各不受理処分及び本件異議決定のうち本件願書不受理処分に関する部分の各取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求原因1(一)のうち、本件原出願の願書の記載中に商標登録第四五五一一六号とあるのは同第六六一二六五号の誤記であることは不知、その余は認める。

(二)  同1(二)のうち、原告が本件訂正書の提出及び本件第二次出願をしたのは、その主張のような誤記を発見したためであることは不知、その余は認める。

(三)  同1(三)は認める。

2(一)(1) 同2(一)(1)は争う。出願等が法の要求する本質的要件を具備しておらず、しかもその瑕疵が補正によつて治癒されえない場合に、行政庁が不受理処分(却下処分)をなしうべきことは、理論上当然に認められているところであつて、特にその旨の明文の根拠を必要としない。したがつて、原告主張の各施行規則の廃止後においても不受理処分は可能である。

(2) 同2(一)(2)のうち、本件原出願に至る経緯に関する部分は不知、その余は争う。本件原出願は、原告の自認するとおり、その所有の商標登録第四五五一一六号の商標権について法定の期間内になされた適法な更新登録出願であつて、それ自体としては何らの瑕疵もないから、そもそも補正等の観念を容れる余地はないし、また本件原出願における商標権の登録番号が誤記であるとは提出書類の記載全体からも到底窺い知れず、しかも登録番号は商標権の同一性を示す唯一の標識であつて、これを替えることは出願の客体を変更することになるから、商標法第六八条の二において規定する補正の問題になりえない。本件訂正書によれば、本件原出願において商標登録第四五五一一六号とあるのは同第六六一二六五号の誤記であるというのであるが、このような補正を許容すれば、適法に更新された商標権が更新されずに失効した別の商標権とすり替えられるという不合理な結果を招来し、更新登録について出願期間を定め、期間を徒過したときは存続期間満了により権利は消滅するとした商標法第一九条、第二〇条の趣旨を没却することになり不当である。

なお、原告は、本件訂正書による訂正が許容されるべきことの根拠として、更新登録出願期間経過後に出願がなされた場合であつても、更新登録が経由された後は、右登録について無効審判請求をなしえないことを挙げているが、誤つて登録が経由された場合の効力いかんと期間経過後の出願を却下すべきか否かとは全く別個の問題であるから、原告の右主張は失当である。

また、原告は別件において補正が許容された事例を挙げているが、いずれも本件とは事案を異にする。すなわち、第一例は他人の商標権を表示する登録番号を記載して防護標章登録出願をした場合であるが、他人の商標権について右のような出願をすることはありえず、登録番号の誤記であることが一見して明らかであつたから補正を許したものであり、第二例は枝番号のみの脱落があつたというのであるから、補正が許されたとしても何ら不自然ではない。

(3) 同2(一)(3)のうち、被告が原告主張の日にその主張の商標権を存続期間満了の理由により商標登録原簿から抹消したこと、右抹消が本件訂正書不受理処分の約四ケ月前で、本件異議決定の約一年前、しかも本件願書不受理処分についての異議申立期間中になされたことは認め、その余は争う。原告主張の商標登録第六六一二六五号の商標権については、法定の期間内に更新登録出願がなされなかつたため、存続期間満了の理由により消滅したものとして商標登録原簿から抹消したものであつて、本件訂正書についての許否の判断をした後でなければ右抹消ができないという理由はないし、また本件願書不受理処分に対する異議申立期間中であつたからといつて、原告からの異議申立を待ち、これについての判断をしなければ抹消かできないものでもない。ちなみに、誤つて抹消登録がなされた場合には、回復登録をすることが可能である(商標登録令第七条第一号)。したがつて、本件訂正書不受理処分に先行して商標登録原簿の抹消がなされたからといつて、本件訂正書不受理処分が不当な予断に基づいてなされたことにはならない。

(二)  同2(一)は争う。本件異議決定が原告主張のように商標登録原簿の抹消後になされたからといつて、右決定に不当な予断あるいは審理不尽の違法があつたことにはならない。

3  同3は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1(一)の事実(ただし、本件原出願の願書の記載中、商標登録第四五五一一六号とあるのは同第六六一二六五号の誤記であるとの点を除く。)、同1(二)の事実(ただし、原告が本件訂正書及び本件第二次出願を行つた動機が、その主張のような誤記を発見したためであるとの点を除く。)及び同1(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各不受理処分及び本件異議決定に取り消しうべき瑕疵があるか否かについて判断する。

1  請求原因2(一)(1)の主張について

旧特許法施行規則第一〇条の二及び旧商標法施行規則第六条の二は、特許庁に対してした出願等の書類等の受理をしない場合について規定していたが、現行特許法施行規則及び商標法施行規則にはこれに見合う規定が設けられていないことは、原告主張のとおりである。しかしながら、出願等が法の要求する重要な要件を具備しておらず、しかもその瑕疵がそもそも補正しえないか又は指定の期間内に補正されなかつたような場合に、行政庁が右出願等の書類について不受理処分すなわち実質上の却下処分をなしうることは、理論上むしろ当然であつて、特にその旨の明文の根拠を要しないものと解すべきである。したがつて、原告のこの点に関する主張は理由がない。

2  同2(一)(2)の主張について

<証拠省略>を綜合すれば、本件訂正書は、本件出願の願書の記載中、商標登録第四五五一一六号とあるのは同第六六一二六五号の誤記であるから訂正するとの内容であることが認められる。

ところで、本件原出願の願書における商標権の登録番号の記載が誤記であることを窺わせる客観的資料は見当らず、かえつて、右出願において願書に表示された登録番号と委任状に表示されたそれが一致していたことは原告の自陳するところであり、さらに本件原出願の有する商標登録第四五五一一六号について更新登録出願する旨の法定の期間内になされた適法なものであつたことは、前述のとおり当事者間に争いがないところ、それ自体として適法な出願について訂正ないし補正の観念を容れる余地がないことはいうまでもない。そうすると、本件原出願は、原告所有の商標登録第四五五一一六号商標権の更新登録出願として扱われるべきものであつて本件訂正書による訂正が商標登録第六六一二六五号の補正として許容される余地はないものというべきである。原告は誤記であることが判明しうる場合の例をあげて、本件の場合も右例示の場合と同様補正を許されるべきであると主張するが、右主張の理由のないことは、前説明から自ら明らかである。原告はまた、本来商標権は永久権としての性質を有するものであるから、出願の軽微な瑕疵をとらえて不受理処分をすることは違法であるとの趣旨の主張をするが、その主張もまたとることができない。本件のような訂正を許すとすれば、出願人による出願対象の恣意的な変更を容認する結果になるであろう。

3  同2(一)(3)及び同2(二)の各主張について

被告が昭和五〇年三月三一日商標登録第六六一二六五号の商標権を存続期間満了の理由により商標登録原簿から抹消したこと、右抹消が本件訂正書不受理処分の約四ケ月前で、本件異議決定の約一年前、しかも本件願書不受理処分についての異議申立期間中になされたことは当事者間に争いがない。また、本件第二次出願が法定の更新登録出願期間経過後になされたものであることは、前述のとおり当事者間に争いがなく、右事実と<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、商標登録第六六一二六五号の商標権については法定の期間内に更新登録出願がなされなかつたため、存続期間満了の理由により消滅したものとして商標登録原簿から抹消したものであることが認められる。

そして、右商標登録原簿の抹消は、本件訂正書についての許否の判断を経た後でなければできないという理由はないし、また本件願書不受理に対する異議申立期間中であつたからといつて、原告からの異議申立を待ち、これについての判断をした後でなければできないというものでもない。抹消登録が誤りであつたことが後に判明した場合は、回復登録をすれば足りる。したがつて、右商標登録原簿の抹消は何ら違法ではなく、これが本件訂正書不受理処分及び本件異議決定に先行してなされるからといつて、右不受理処分及び決定が不当な予断に基づいてなされたことにはならないし、また右決定に審理不尽の違法があつたことを窺わせるものでもない。原告のこの点に関する主張も理由がない。

三  以上の次第であつて、本件各不受理処分及び本件異議決定に取り消しうべき瑕疵があることを前提とする原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克巳 清水利亮 安倉孝弘)

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